京都くれない
♪~ 京都 大原 三千院
恋に疲れた 女が一人
結城に塩瀬の 素描の帯が
池の水面に 揺れていた
京都 大原 三千院
恋に疲れた 女が一人 ♪~
憧れの古都 紅の京都へ行ってきました。
紅葉は温暖化の影響で7割程の色つきと言われていたが、どうして私には
120%と満足度は高い。
いきなり神護寺や天竜寺の鮮やかな紅葉を観せつけられると、そこには歴
史の重みが相まって迫力さえ感じられた。
弘法大師空海と最澄が親交があったと伝えられる神護寺の急斜面を息せき
切って400の石段を持ち合わせの杖を使わずに、抱えるようにしてまるで不
思議な力に引き込まれるように登りきった。
そこには緑、黄緑,黄、橙、赤の五色のモミジとグラデーションの彩りも鮮や
かに超一級の品格ある紅葉の美しさに圧倒された。
しかし、待望の京を代表する清水寺は残念ながら私の目にも秋色が乏しく紅
間の画像を撮ることが出来なかったのが心惜しい。
中でも最終日の大原の里、三千院は穏やかな京の風情が感じられ、狭い参
道の小店で脇を流れる小川のせせらぎの音を聴きながらダンゴと茶を頂いて
いると心地よい一服の癒しが感じられ、私はここ大原の里がとても好きになっ
て仕舞った。しかし、ここ三千院にも古の悲しい物語がある。
“萌え出づるも 枯るるも同じ野辺の草 いづれか秋に逢は果つべき”
芽が生えたばかりの草も 枯れようとしている草も、野辺の草は同じ様に秋
になると枯れてしまう。人もまた誰しも いつかは恋人に飽きられてしまう。
平清盛公をめぐる3人の白拍子(女性芸人)とその母は尼になってこの地で
極楽往生を遂げたと言う。
古の悲しい物語は尽きない。
私も五木寛之著「親鸞」を二度読みしてから、京都へ急き立てられる様に来
て仕舞った。
この旅で親鸞が歩いたように私も鴨の川原を歩いた、時代は末法の世に思
いを巡らせながら・・・
累々と流れる屍、安楽房遵西の悲惨な斬首とその首を抱いて駆け去る鹿野
の姿が見えたような気がした。流罪人が着る朽ち葉色の直垂に笠をかぶり、
思い出に深い吉水を去る親鸞の後姿が、幻に空しく写って胸にこみ上げるの
を感じた。
これで京都への旅は終ったわけではない、私の古都への旅はこれからである。



恋に疲れた 女が一人
結城に塩瀬の 素描の帯が
池の水面に 揺れていた
京都 大原 三千院
恋に疲れた 女が一人 ♪~
憧れの古都 紅の京都へ行ってきました。
紅葉は温暖化の影響で7割程の色つきと言われていたが、どうして私には
120%と満足度は高い。
いきなり神護寺や天竜寺の鮮やかな紅葉を観せつけられると、そこには歴
史の重みが相まって迫力さえ感じられた。
弘法大師空海と最澄が親交があったと伝えられる神護寺の急斜面を息せき
切って400の石段を持ち合わせの杖を使わずに、抱えるようにしてまるで不
思議な力に引き込まれるように登りきった。
そこには緑、黄緑,黄、橙、赤の五色のモミジとグラデーションの彩りも鮮や
かに超一級の品格ある紅葉の美しさに圧倒された。
しかし、待望の京を代表する清水寺は残念ながら私の目にも秋色が乏しく紅
間の画像を撮ることが出来なかったのが心惜しい。
中でも最終日の大原の里、三千院は穏やかな京の風情が感じられ、狭い参
道の小店で脇を流れる小川のせせらぎの音を聴きながらダンゴと茶を頂いて
いると心地よい一服の癒しが感じられ、私はここ大原の里がとても好きになっ
て仕舞った。しかし、ここ三千院にも古の悲しい物語がある。
“萌え出づるも 枯るるも同じ野辺の草 いづれか秋に逢は果つべき”
芽が生えたばかりの草も 枯れようとしている草も、野辺の草は同じ様に秋
になると枯れてしまう。人もまた誰しも いつかは恋人に飽きられてしまう。
平清盛公をめぐる3人の白拍子(女性芸人)とその母は尼になってこの地で
極楽往生を遂げたと言う。
古の悲しい物語は尽きない。
私も五木寛之著「親鸞」を二度読みしてから、京都へ急き立てられる様に来
て仕舞った。
この旅で親鸞が歩いたように私も鴨の川原を歩いた、時代は末法の世に思
いを巡らせながら・・・
累々と流れる屍、安楽房遵西の悲惨な斬首とその首を抱いて駆け去る鹿野
の姿が見えたような気がした。流罪人が着る朽ち葉色の直垂に笠をかぶり、
思い出に深い吉水を去る親鸞の後姿が、幻に空しく写って胸にこみ上げるの
を感じた。
これで京都への旅は終ったわけではない、私の古都への旅はこれからである。



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